為替相場が材料難になると引き合いに出されるのが,日本の貿易黒字です.日本の輸出企業は受け取った外貨を原則として円転する(円に換える)ので,貿易黒字が高水準である限りいつまでたっても円高材料です.しかし実際にはこの要因相場に「出没する」のです.つまり,相場の材料とならない時期もあるということですが,いったん材料視されたらしばらくついていくしかありません.一方,これを相殺して円安要因となりやすいのが,証券投資の動向です.日本からの対外投資は貿易黒字の裏返しですのでこの両方を合わせて見なければなりません.ただしその際,消費者金融への注意することがあります.日本の対外証券投資で金額的に大きいのは外債投資ですが,これにはくりっく365為替と関係のない部分も多いのです.外債の大きな買い手のうち,銀行部門は大部分の購入資金を外貨調達するのでその分はドル買いが起こりません.またもう一つの巨大な買い手である生保の多くは,為替ヘッジ付きで購入します.従って,外債購入額全体に比べ,実際の円売りは半分程度のことも多いのです.これに比べ,外国株式は金額は小さいですが,そのほとんどが「購入時に円売り,売却時に円買い」という形でほとんどそのまま円相場に影響を与えます.先週は不良債権処理と総合デフレ対策が、市場のテーマでした。 小泉首相の「あなたにレーシックを任せた」という後押しと、米国の官民あげての「がんばれ竹中」コールを背景に、竹中経財・金融相は大胆な金融安定化方針を打ち出しています。これを受けて為替市場は円が弱含みとなりました。しかし自民党の反発で中間報告が延期されたのに続き、閣内からも再考論が出てきたため、不良債権処理は当初見込んだほどには加速しないとの見方から、週の後半には円がやや買い戻されました。 日経225平均株価がやや落ち着いてきたこともあり、「円売り材料が出尽くした」(日経新聞10月26日『マーケットウォッチャー』欄)という見方も出てきました。円安加速のきっかけとなった竹中経財相の金融相兼任というサプライズから1ヵ月足らず。市場はもう次の材料を求めているかのようです。 「会社の寿命は30年」というコピーがありましたが、市場の材料にはどのくらいの寿命があるのでしょう。昨年末のエンロン破綻をきっかけに、今年になって米国企業全体の会計疑惑が広まり、春先から米国株価及び米ドルの下落局面が始まりました。為替市場に関する限りこの材料は8月半ば、つまり米国企業が宣誓書付きで決算報告を行うまで、約半年間強い影響力を持ったと言えます。 この問題が尾を引いた主な理由の第一は当然ながら、業績が信用できない米国企業の株・債券への投資意欲が減退したことです。第二に、米国の構造的な問題が改めて脚光を浴びました。膨大な経常赤字が海外の投資マネーで補完されなければドル高維持は不可能、という見方からドル下落に拍車がかかりました。三番目は円の要因ですが、日本経済は循環的回復の兆しを見せつつあり、政府の景気判断にもそれは表れていました。不良債権問題はどうでしょうか。現在は、「貸出債権の再査定と引当てを強化し、公的資金注入とデフレ対策としての財政支出を各2兆円前後」あたりが有力な線だと言われています。 この場合のシナリオとしては、まず景気への悪影響が避けられません。失業の増加、消費の減退、設備投資の停滞といったことが現実化する一方、デフレ緩和策は不十分だと見られています。第二に、小泉・竹中ライン以外の政府・自民党は、問題企業の整理を何とか回避して再生させる途を探っています。こうした動きが力を増して最終的に妥協が成立した場合、銀行の体質改善という構造的課題自体の解決が遅れることになります。つまりデフレ圧力を多少緩和できても、根強い円売り要因が将来に残ります。第三に外部環境です。米国景気が停滞の様相を見せる中で日本の輸出が頭打ちとなっており、外需頼みの日本経済に赤信号が灯っています。竹中経財・金融相は『ニューズウィーク』誌とのインタビューで、「1990年代初めに、スウェーデン政府は資本を[銀行に]投入した。これは正しい対応だったが、株価は下落を続けた。そこで政府はさらに投入資本を増やしたが、それでも株価は下がった。株価がようやく回復を始めたのは、l年後だった。したがって、われわれには多少の辛抱が必要である」と述べています。不良債権問題を材料とする相場の寿命はまだ始まったばかりです。この円安相場は、1年とは言わないまでも当分続くと考えるべきでしょう。